Webinar「製薬産業分析の基礎」

開催記録

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7/20(水)

各論3:企業 アストラゼネカ、薬効「SGLT-2、PARP」、疾患「循環代謝、婦人科がん」

6/22(水)

各論2:企業 メルク、薬効「オレキシン、PD-1」、疾患「睡眠、肺がん」

参加費 10,000円(税込み)

特別講演をお願いしているイルミナ社はゲノム解析を画期的に発展させ、ゲノム解析プラットフォーム「NovaSeq」は10年前には 10万ドル(1200万円)だったヒトゲノム全配列解析のコストを 1000ドル(12万円)とし、さらには 100ドルまで引き下げようとしている世界のリーディングカンパニーです。鈴木健介様は1999年に北大・大学院理学研究科生物科学専攻生体情報分子学講座を卒業され、イルミナ社では2010年よりシーケンシングスペシャリストとして様々な分野で NGS(次世代シーケンサー)の活用を提案してこられました。2021年にはアジア地区 Specialist of the yearの社内表彰を受賞されています。最先端で取り組んでおられる遺伝子変異や遺伝子機能の大規模解析ツールと統合システムについての講演にご期待ください。

5/18 各論1:「ファイザー」、「抗ウイルス薬、ワクチン、CDK4/6」、「COVID-19、乳がん」

各論の第1回目は新型コロナウイルス感染症の流行に即応してmRNAワクチンの開発に成功し、売上収益が813億ドル(9兆7000億円)へと1年で倍増したファイザーを取り上げます。関連して「新型コロナウイルス感染症の治療薬開発」についての特別講演を帝京大学薬学部長、東京大学薬学部教授、武田薬品創薬研究所長を歴任された夏苅英昭先生にお願いしています。薬効クラスは「抗ウイルス薬、ワクチン、CDK4/6」、疾患領域は「COVID-19、乳がん」を取り上げます。

2022年度 総論 4月6日(水曜日)15:00-17:00 

グローバル新薬の2021年実績と新薬市場の動向

グロバール製薬企業の2021年12月期決算で開示された新薬売上を集計しました。弊社が調査対象とするおよそ 30社の主力製品およそ400品目の2021年売上高を合計すると4,690億ドル(ほぼ53兆円)となり前年比 5.7%の増加となりました。この全体を「新薬市場」と位置付け、主要な36薬効クラスに分類して市場の変化と新薬開発の動向を概観しました。ワクチンおよび血液製剤は除外しています。 新薬とは別に集計しているワクチン売上はCOVID-19の影響から前年比 2.7倍となる867億ドル(ほぼ 10兆円)へと大きく拡大しました。さらに疾患領域ごとに、全体の30%を占める「がん」、次に大きい自己免疫疾患(21%)循環代謝(19%)、感染症(8%)、希少病(6%)、呼吸器(5%)、精神・神経(4%)などの動向も概観します。

今回は弊社セミナー 2022年度シリーズのオープニング企画として、東洋経済新報社の大西富士男様より「グローバル製薬企業の動向」について、また元第一三共株式会社常務執行役員(オンコロジー研究開発統括本部長)赤羽浩一様より「がん治療を目指した創薬」についての特別講演をお願いしています。

2021年

「企業」、「疾患領域」、「薬効クラス」

11/24 ロシュ「関節リウマチ、多発性硬化症」、「ADC、 HER2、IL-6

ロシュ

抗がん剤の新薬市場1位の座はセルジーンを買収統合したブリストルマイヤーズ・スクイブに譲ったが自己免疫疾患ではアッヴィとヤンセンに次ぐ3位となっている。

総資産の規模 918億ドル(10兆円)は J&J(175億ドル)のほぼ半分と大きくない。資産規模では8位だが、売上収益と時価総額は2位であった(2020年度)。総資産にしめる無形資産の比率が25%(のれん 22%、その他の無形資産 11%)とリリー(24%)と並んで最小水準にあり、経営効率が高く、株主資本利益率(Return on equity、ROE=PBR/PER)も 38%と高い。(参考:タケダ薬品は 3%)

第一世代の抗体医薬が特許満了を迎えているものの抗体エンジニアリングによる創薬がライフサイクルマネジメントに貢献している。

関節リウマチ 

自己免疫は新薬市場で912億ドル(10兆円)を売上げ、オンコロジー(1340億ドル、15兆円)に次いで2番目に大きい疾患領域である。最大の治療薬分野である関節リウマチは自己免疫疾患全体の49%を占めるが乾癬性疾患や潰瘍性大腸炎などが拡大しており、2015年の 62%からは大きく低下している。

関節リウマチの新薬市場は2010年から2015年の 5年間に年率 10%拡大し、ほぼ 4兆円に達したものの、近年はほぼ横ばいで推移している。抗TNFα抗体はヒュミラが 198億ドル(2兆 2000億円)を売上げ、関節リウマチの新薬市場で 44%を占めるがレミケードとエンブレルは特許満了となり、半減している。IL-6阻害薬は 30億ドルを超えたアクテムラの独壇場となった。JAK阻害薬はヒュミラに匹敵する薬効をもつ経口薬と言われてきたが2012年発売のゼルヤンツは20億ドル台で低迷、ヒュミラの後継品と目されるリンボックが注目される。

開発段階ではJAK阻害薬が最も活発である。2020年 9月に Jyseleca(GILD)を欧州委員会が承認、2019年 8月には FDAがリンボックを承認していた。 2018年にFDAがオルミアントをCRL(2017年)を経て承認、欧州委員会は2017年に承認していた。欧州委員会はゼルヤンツを2017年に承認、FDA承認は2012年に承認していた。欧米当局の判断が分かれることが多く、今後も予断を許さない状況が続くと思われる。

多発性硬化症

多発性硬化症の新薬市場は自己免疫疾患の23%を占め、関節リウマチに次いで2番目に大きい治療分野である。

オクレバス(CD20)22%、テクフィデラ(フマル酸ジメチル)18%、ジレニア(S1P)14%、オーバジオ(レフルミド誘導体)11%など2010年以降に発売された新薬が伸びてきたが、タイサブリ(インテグリン)9%、アボネックス(IFN)9%など旧来の製品も多くが 10億ドル台にある。

オクレバスはリツキサンと同じクラスの抗 CD20抗体である。2017年に承認されてから、わずか3年で40億ドルを超えた。新薬の売上げ拡大が非常に迅速であることはアンメットニーズが未だに大きいことの証左であると考えられる。

一方で、ノバルティスのKESIMPTA(CD20)およびメイゼント(S1P、Q3 $76m +55%)、ヤンセンのポンボリー(S1P)といった最近の新薬は売上拡大に時間がかかっているように見える。

HER2阻害薬

HER2阻害薬(9000億円)は乳がん新薬市場の40%を占める最大の薬効クラスであるがHER2陽性率は20%と言われている。過去5年間の増加額は大きい順にCDK4/6阻害薬62億ドル、PD-1阻害薬20億ドル、HER2阻害薬16億ドル、 PARP阻害薬10億ドルであった。

個別製品の2020年売上はCDK4/6阻害薬イブランスが54億ドルで1位、HER2阻害薬パージェタは41億ドルで2位であった。以下、3位)HER2阻害薬ハーセプチン(30億ドル)、4位)カドサイラ(18億ドル)、5位)PD-1阻害薬キートルーダ(14億ドル)、6位)PARP阻害薬リムパーザ(10億ドル)が続いた。

5年後(2025年)にはHER2標的ADC薬エンハーツ、TROP-2標的ADC薬 Trodelvy がそれぞれ10億ドルを超えると予想される。

ADC薬

世界初のADC薬となったCD30陽性HL治療薬アドセトリス(タケダ薬品)は10年目に500億円を超えたが2番手でHER2を標的として開発されたカドサイラ(ロシュ)は3年目で500億円を超え、2020年は2000億円に達する成功を収めた。その後のADC薬は再び血液がんを主な標的としており、CAR-T細胞療法など革新的な治療法との競合により市場浸透が遅れている。CD22を標的として2017年に承認された急性リンパ性白血病ALL治療薬ベスポンサ(ファイザー)の売上実績は開示されていない。2019年にびまん性大細胞リンパ腫治療薬として承認されたポライビー(ロシュ)は 2020年に200億円を売上げ、ピーク時には1000億円を超えると期待される。

2019年に乳がん3次療法に承認されたエンハーツ(アストラゼネカ)は2021年Q3 $150mにとどまっているが乳がん市場の規模とカドサイラの実績から5年後(2025年)は1500億円に達すると期待される。TROP-2を標的とする Trodelvy (ギリアド)は2020年4月に乳がん3Lで承認され、初年度から200億円近い売上を計上している。

BCMAを標的とする Blenrep(GSK)は多発性骨髄腫の市場規模が大きいことから2025年には2100億円を上回ると期待されるものの、BCMA標的のCAR-T 細胞療法Abecma(BMS)や、teclistamab (Janssen)、AMG-701、elranatamab (Pfizer)、REGN-5458 (Regeneron) といった二重特異性抗体との激しい競合が予想される。


10/20 サノフィ「アトピー、希少病、GLP-1, IL-5、IL4/13」

サノフィ 

2019年にCEOを解任して新体制での立て直しを模索中。最大製品の抗IL-4/13抗体デュピクセントの市場は皮膚科と呼吸器科であり、オンコロジーと自己免疫疾患に主力品がない。2年間で5件のバイオベンチャー買収を実施してパイプラインの拡充を図っている。

2013年まで 3位だった医療用医薬品の企業ランキングは抗がん剤のエロキサチンとタキソテールや抗血小板薬プラビックスといった主力製品が特許満了となり、2016年には7位に転落した。 2017年からは持続性インスリン製剤ランタスがバイオシミラーの影響で低迷し、昨年(2020年)は8位となった。

医療用医薬品市場の成長分野であるオンコロジーと自己免疫疾患に主力品を持たず、業界ランキングは5年間で5位から8位へと下落し、株価上昇率38%は業界平均を13ポイント下回った。すべての主要株価倍率が平均を下回るが、特に一株純資産倍率1.7倍は業界平均5.0倍の1/3である。時価総額14兆円は12位にとどまり、売上ランキング(8位)をさらに下回る。

M&Aにより傘下に収めた、希少病の最大手ジェンザイム(2011年)、血友病など希少血液疾患を専門とするバイオベラティブ(2018年)は成長に寄与していない。ワクチン事業は2010年 50億ドルから2020年は 68億ドルとなり、10年間の平均年間伸び率(CAGR)は3.0%と、医療用医薬品の半分であった。大衆薬は2012年 39億ドル、2014年にベーリンガーインゲルハイムの動物薬との事業交換があったものの、2020年は50億ドルにとどまり、平均年間成長率は3.2%だった。


アトピー性皮膚炎 

抗ヒスタミン薬、コルチコステロイド、免疫抑制剤など従来の治療薬は特許満了しており、新薬市場はデュピクセントが発売された2017年までは無いに等しかった。その後、JAK阻害薬やTSLP阻害薬といった様々な自己免疫疾患治療薬が臨床試験を進めている。

抗IL-13抗体デュピクセントはアトピー性皮膚炎を初回効能として2017年 3月に発売され、2018年 10月に中等度から重度の喘息、2019年 6月に鼻ポリープが追加効能として承認された。売上高は2017年 2億ドル、2018年 9億ドル、2019年 23億ドル、2020年40億ドルとなった。アトピー性皮膚炎市場での売上高は15億ドル前後と推定される。

ファイザーは2016年に発売したPDE4阻害薬の外用剤ユークリサが低迷しているがJAK阻害薬アブロシチニブが日本(2021年 9月承認 CIBINQO)を皮切りにアトピー性皮膚炎の経口治療薬として発売される見通しとなった。JAK阻害薬では他にも、アッヴィがリンボックの効能追加を申請中、リリーのオルミアントは適応拡大をめざす臨床試験がP3段階にある。TSLP阻害薬はアストラゼネカが開発したテゼペルマブが難治性喘息を初回効能として本年5月にBLAを提出した。しかし、アトピー性皮膚炎についてはP2用量設定試験を終えた段階で中断している。

IL-4/13およびIL-5

IL-5抗体とIL-4/13抗体はともにアレルギー発症に関与するTh2サイトカインを標的としており、喘息、鼻ポリープ、アトピー性皮膚炎、好酸球性食道炎など共通する適応症が多い。売上高の推移を見ると、抗IL-5抗体より2年遅れて発売されたIL-4/13を標的とするデュピクセントの方がヌーカラより1年早く、実質初年度となった2018年には10億ドル近くに達した。さらに、2020年はほぼ3倍となる40億㌦に達している。販売企業の営業力には大きな差はないと考えると、薬効薬理に基づく差異が大きいものと推察される。

製品別に概観すると、GSKの抗IL-5抗体メポリズマブ(ヌーカラ)は2015年に難治性喘息を初回効能として発売され、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(2017年)、好酸球増加症候群(2020年)の追加効能を取得して2020年売上高はほぼ13億ドルに達した。2021年 7月には鼻ポリープにも追加承認された。2021年 3月には新たなIL-5標的抗体GSK’294の重症喘息P3試験を開始している。アストラゼネカのベンラリズマブ(ファセンラ)は2017年に難治性喘息治療薬として承認され、2020年売上高は 9億ドルを超えた。適応症拡大試験は2019年にEoEを対象としてオーファンドラッグ指定を取得、2020年に鼻ポリープのP3試験を開始した。サノフィのIL-4/13抗体デュプリマブ(デュピクセント)は2017年にアトピー性皮膚炎、2018年に「中等度から重度の」喘息、2019年に鼻ポリープと適応症を拡大し、2020年売上高は40億ドルを超えた。好酸球性食道炎(EoE)を対象にBTDを取得してP3試験を進めている。

IL-4/13抗体レブリキズマブはロシュが2016年に難治性喘息の臨床開発を中止した。その後、リリーがアトピー性皮膚炎を対象として2021年8月にに2本の申請用P3試験を完了し、主要評価項目を達成した。


希少病

希少病の新薬市場はライソゾーム病に対する酵素補充療法(ゴーシェ病 1994年、ファブリー病 2000年、ポンペ病 2006年)、続いて発作性・夜間へモブロビン尿症(Paroxysmal nocturnal hemoglobinurea, PNH 2007年)に対するC5抗体などが登場して2015年に100億ドル(1兆1000億円)に達した。その後も脊髄性筋萎縮症(SMA 2015年)、TTR型アミロイドーシス(多発性神経炎/心筋症 2019年)が毎年ほぼ 10億ドルずつ拡大して2020年には150億ドルを超えた。さらに、血友病治療薬のファクターVIII製剤や二重特異性抗体など  89億ドルを加えると247億ドルとなり、中枢神経系167億ドル、さらに呼吸器疾患 225億ドルを抜いて治療分野としては 5位の規模となる。

しかし独立して存在する「希少疾患市場」が構造的に成長しているのではなく、個々にそれぞれ無関係の新薬が単発的に登場し、その合計が5年平均で年率13%拡大してきたに過ぎない。企業別に見るとアレキシオンを買収したアストラゼネカ(+18% p.a.)とロシュ(+43% p.a.)で成長した一方、バイエル(マイナス5%)、ノボ・ノルディスク(マイナス2%)、サノフィ(+3%)、ファイザー(+4%)など、ほとんどの企業で低迷している。

「希少疾患は患者数が極端に少なく、新薬の普及率は発売と同時に100%に達します。価格は非常に高額なので値上げは許されません。希少疾患の新薬開発は行政やアカデミアの支援が手厚いので、競合品が想定以上の速さで出現します。」(武田薬品の将来を考える会 2018年6月) 

9/29 ヤンセン「前立腺がん、中枢神経」、「FXa、IL-23/17、SGLT-2 」

ジョンソンエンドジョンソン

売上収益の28%(2兆6000億円)を占める医療機器分野では世界のトップ企業である。医療用医薬品(ほぼ 5兆円)は売上収益の55%(米国31%、海外24%)を占め、 2020年ランキングは3位に上昇した。2015年7位から2017年には4位となっていた。1958年にハロペリドールを発明したヤンセンが1961年にJ&J傘下でグローバル展開して今日に至っており、企業再編とは無縁の内部成長を持続している。一方で有望BV企業のM&Aには積極的であり、 1999年にセントコアを買収するなど自己免疫疾患の最先端を切り開いてきた。

最大製品ステラーラは消化器系の効能(クローン病、潰瘍性大腸炎)を追加して毎年10億ドルを上回る増加が続いており、2020年には77億ドルに達した。オンコロジー領域では、40億ドルを超えたダーザレックスは2018年に多発性骨髄腫の一次療法が承認され急成長中、血液がん治療薬イムブルビカも慢性リンパ性白血病(CLL)を中心に40億ドルを超えた。ジプレキサ(リリー)やセロクエル(アストラゼネカ)がLOEを迎え、36億ドルを超えるインベガは精神疾患領域で2000億円を上回る唯一の製品である。

10億ドル以上のブロックバスター製品は12品目あり、ファイザー(5品目)、メルク(6品目)をはるかに上回る。治療分野は自己免疫疾患4品目、抗がん剤3品目、循環器系3品目、感染症1品目、中枢神経系1品目、とバランスが取れている。自己免疫疾患では150億ドル(1兆6000億円)を超えて2位、アッヴィを抜いて1位となる可能性もある。

R&Dパイプラインも充実しており、2021年にはいって以下の進展があった。オンコロジー領域では、MET阻害薬RYBREVANT(非小細胞肺がん)が承認され、BCMAxCD3二重特異性抗体 Teclistamab(多発性骨髄腫)がBTDを取得した。P1段階には、RYBREVANT(MET Exson 14スキッピングNSCLC)、GPRC5D二重特異性抗体 talquetamab(多発性骨髄腫)がある。自己免疫ではS1P作動薬PONVORY(多発性硬化症)が承認された。感染症領域で月1回投与の抗HIV薬CABENUVAを申請、さらに2ヶ月1回の追加製剤を開発中。中枢神経系では2020年にSPRAVATO(急性希死念慮をともなう大うつ病)の承認を取得した。


前立腺がん

新薬市場における前立腺がん治療薬の伸び率(CAGr/5)は 7%と消化器がん 3%を上回るものの、肺がん 22%、骨髄腫 18%、抗がん剤合計 14%、乳がん 13%、白血病・リンパ腫 10%を下回る。ザイティガ(ヤンセン)とイクスタンジ(ファイザー/アステラス製薬)が2015年には大市場を形成していた影響である。2020年の抗がん剤全体(15兆円)に占めるシェアは 8%となり、2015年の 11%から低下した。

局所性前立腺がん患者の予後は極めて良好だが転移性前立腺がんでは全身療法が必要となる。1989年に発売されたLH-RHアゴニスト製剤ルプロンは特許満了後も減少傾向ながら安定していたが2020年はFDAのGMP査察問題から前年の19億ドルから17億ドルへ急減した。アストラゼネカが 1995年に発売したゾラデックスはLH-RH拮抗薬であり、ピーク時12億ドルとルプロンを上回ることはなかった。アストラゼネカは1995年に抗アンドロゲン薬カソデックス(ビカルタミド)も発売していた。アパルタミドとエンザルタミドは去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)のM0からM1への進行を遅らせる。

アステラス製薬が2012年に発売したイクスタンジ(一般名エンザルタミド)はアンドロゲン受容体(AR)に対してビカルタミドより約5倍強く結合する非ステロイド性抗アンドロゲン薬(NSAA)である。ヤンセンが2011年に発売したザイティガ(一般名アビラテロン)はテストステロン産生の抑制を主作用とするが2018年に発売した後継品エルレイド(一般名アパルタミド)はNSAAであり、2019年にはCSPC(去勢感受性前立腺がん)にも承認された。バイエルは2013年に発売した放射性リガンド製剤 Xofigoが低迷しており、2019年にNSAA薬Nubeqa(一般名ダロルタミド)を発売した。

卵巣がん治療薬として承認されていたPARP阻害薬のリムパーザ(AZN)とRubraca(クロービス)は2020年に前立腺がんの追加効能を取得した。ファイザーのTALZENNAは2021年6月にmCSPC(転移性去勢感受性前立腺がん)でP3を開始した。ノバルティスが開発中の放射性リガンド製剤は2021年6月にmCRPC患者のOSおよびPFSの改善を報告した。


中枢神経 

2010年には新薬市場全体の14%を占めて3位となる大型市場だった中枢神経系は向精神薬とアルツハイマー病の新薬が途絶えて後発品が中心となり衰退した。向精神薬(統合失調症、双極性障害、大うつ病)ではそれぞれ50億ドルを上回る売上規模だったセロクエル、ジプレキサ、エビリファイ、リスパダールなど主要製品が激減し、現在 10億ドルを上回るのはインベガ(JNJ)、ラツーダ(大日本住友)、エビリファイ・メンテナとレキサルティ(大塚)だけとなり、20億ドルを超える製品はない。ヤンセンのN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗薬エスケタミンは急性自殺念慮を適応症とするSPRAVATOとして2019年に承認されたが売上高は非開示であり300億円以下と見られる

アルツハイマー病では2010年にはアセチルコリン・エステラーゼ阻害薬のアリセプト 33億ドルとエクセロン 10億ドルの合計 44億ドル(ほぼ5000億円)の市場があったが現在ではほぼ消滅した。本年(2021年)6月に承認された抗アミロイドβ抗体アデュヘルムは21年ぶりの新薬となった。後続の抗体薬はレカネマブ(エーザイ)、ドナネマブ(リリー)がP2段階にありFDAのBTDを取得している。エーザイは他社で失敗が続いているBACE阻害薬でもエレンベセスタットのP2臨床試験を進めている。

その他のCNS治療薬は気分障害、ADHD、神経性疼痛、パーキンソン病、てんかん、片頭痛など、互いに独立した多様な市場分野となっている。GABA作動薬リリカは、てんかん、神経性疼痛、不安症候群といった多様な適応症を持つ。SNRI剤サインバルタも神経性疼痛の効能追加により、リリカと同様に50億ドルに達していたがいずれも特許満了となり、現在は後発品の市場となっている。パーキンソン病、てんかんでも革新的な新薬がなく、後発品が主体の市場となっている。UCBの機能性アミノ酸抗てんかん薬 VIMPATは神経性疼痛、糖尿病性神経障害、双極性障害、認知症、麻薬依存症など、適応外使用が売上を拡大している。

開発新薬はアルツハイマー病治療薬が中心であり、その他領域の開発品は多くないがノバルティスはNMDA拮抗薬を向精神薬としてだけでなく、抗てんかん薬としても臨床試験を進めている。タケダ薬品のオレキシン受容体作動薬はナルコレプシー治療薬としてP2段階にある。バイエルはパーキンソン病に対するステム細胞移植療法のP1試験を開始した。


ファクターXa 阻害薬

ファクターXaはファクターVIIIaとファクターIXaの複合体(tenase complex)がファクターXを活性化して生成される。ファクターXaにより生成されたトロンビンはフィブリノーゲンをフィブリンに変換すると同時にファクターVIIIaを生成する。このループ反応がトロンビンバーストを来たし、1分子のファクターXaが1000分子ものトロンビンを生成する。ファクターXa阻害薬はトロンビンバーストを抑制することから非常に効果的な抗血液凝固薬となる。

ヘパリンや低分子量ヘパリンはアンチトロンビンに結合して第IIa, Xa, XIa, XIIa因子を不活化する。深部静脈血栓症(DVT)、肺塞栓症(PE)、急性冠症候群(ACS)、および心筋梗塞(MI)の適応症をもつ低分子量ヘパリン製剤 LOVENOX(エノキサパリン)の2010年売上は39億ドルだったが、5年後(2015年)には直接トロンビン阻害薬(DTI)や FXa阻害薬といった経口剤の台頭により半減した。DTI 薬プラザキサは2010年に発売されたが翌年にはFXa阻害薬が発売され、20億ドルを超えることはなかった。

 ファクターXa阻害薬の2020年売上高はエリキュースが92億ドル(BMS)および49億ドル(ファイザー)、イグザレルトが51億ドル(バイエル)および23億ドル(ヤンセン)、リキシアナは欧州と日本を中心に 15億ドル(第一三共)となり、LMWHおよびDTI製品を含む合計は263億ドル(2兆9000億円)となり、循環器系で最大の薬効クラスとなった。市場全体は直近 5年間の平均年率19%からは減速しているものの、2018年19%、2019年12%、2020年11%と二桁の成長が続いている。


IL-23/17 

抗IL-23抗体ステラーラ(ヤンセン)は尋常性乾癬(PsO)を初回効能として2009年に承認され、乾癬性関節炎(PsA)2013年、クローン病 (CD)2016年、潰瘍性大腸炎(UC)2019年と効能を追加してきた。売上高は2014年20億ドル、2017年40億ドル、2019年60億ドルと加速しながら拡大し、2020年には77億ドルに達した。 CDおよびUCといった炎症性腸疾患(IBD)への適応症拡大が貢献している。

ヤンセンにとってステラーラの後継品となるTREMFYAはPsOを初回効能として2017年に発売された。 2020年にはPsAの追加効能を取得し、売上高は 3億ドル増加して13億ドルとなった。アッヴィの抗IL-23抗体SKYRIZIはPsOを初回効能として2019年にFDA承認を取得、実質初年度となった2020年の売上は16億ドルに達した。2021年4月にはPsAの効能追加を申請した。リリーの抗IL-23抗体ミリキズマブはPsOがP3、UCがP2段階にある。

抗IL-17抗体コセンティクス(ノバルティス)はIBD領域の適応症が無く、PsO、PsA、禿頭症およびSpAを適応症として2020年売上高は40億ドルにとどまり、伸び率は12%と前年の25%から半減した。同じくIL-17を標的とするトルツ(リリー)はPsO、PsAに加えて強直性脊椎炎(AS)に承認されたが2020年売上高は18億ドルでコセンティクスの半分以下である。コセンティクスとトルツは2020年6月ほぼ同時に体軸性脊椎関節炎(AS)の追加効能を取得した。独メルクはIL-17A/17Fを標的とする三重特異抗体ソネロキナブのPsO患者に対するP2試験の好成績を2020年9月に発表した。


SGLT-2 阻害薬

2020年の新薬市場におけるSGLT-2阻害薬の合計は前年比21%増加して39億ドルに達した。伸び率は加速しており、2015年からの平均年率16%を上回った。経口糖尿病薬市場ではDPP-4阻害薬のシェアが5年前の28%から22%へと低下する一方、SGLT-2阻害薬のシェアが 9%に達した。主要製品の2020年売上高はフォシーガ(アストラゼネカ)20億ドル、ジャディアンス (リリー)12億ドル、インボカナ(ヤンセン)8億ドル、ステグラトロ / ステグルジャン(メルク/ファイザー)不明、ジンキスタ(サノフィ)不明である。

SGLT-2阻害薬の適応症拡大は糖尿病から離れて心臓および腎臓の慢性疾患に移っており、適応拡大の成否が売上結果に直結している。フォシーガは2020年年5月に「糖尿病の有無にかかわらず」駆出率低下型心不全の患者へに適応拡大が承認され、2021年8月にはジャディアンスも同様の承認を取得した。2021年4月には「糖尿病の有無にかかわらず」慢性腎不全の患者に対する治療がフォシーガに承認された。先行していたカナグリフロジンは糖尿病患者におけるMI/CV死/DKD/HFを取得していたが「糖尿病の有無を問わない」適応症に圧倒されているようだ。

ヤンセンが田辺三菱から導入し、2013年に世界で初めて承認されたカナグリフロジン(販売名 INVOKANA)は2016年の14億ドルをピークに、2019年 7億円まで半減した。ファイザーとメルクが共同開発したエルツグリフロジンは2017年末に承認され、DPP-4阻害薬との合剤もほぼ同時に承認されているものの、売上高は開示基準に達していない模様。サノフィのソタグリフロジンは SGLT-1および SGLT-2を阻害し、 1型糖尿病を適応症として欧州では2019年に承認されたが、FDAは非承認のままCRLを発行した。 SGLT-2阻害薬はアストラゼネカとリリーの独壇場となっている。

8/25 リリー「糖尿病、消化器がん」、「化学療法剤、GLP-1、VEGF」

リリー

リリーの株価は5年間で3.7倍(+268%)とNY市場の上昇率(97%)を大きく上回り、グローバル製薬企業の中で最高の上昇率となった。2020年の医療用医薬品売上ランキングはGSKを抜いて前年の14位から13位へと上昇している。2018年に動物薬事業を分離し、売上収益の100%が医療用医薬品である。売上高が1000億円を上回るブロックバスター製品はファイザー(5品目)、メルク(6品目)を上回る8品目を有し、そのうちトルリシティ(5000億円)、ヒューマログ(2600億円)、ヒューマリン(1200億円)、ジャディアンス(1200億円)、Basaglar(BSランタス、1100億円)、以上5品目が糖尿病治療薬である。

治療分野別の構成比は糖尿病48%、オンコロジー22%、自己免疫疾患10%と、成長著しい三大疾患領域が全体の80%を占めている。2020年は自己免疫疾患が25億ドルへ前年比37%増加し、構成比は8%から10%へ拡大した。オンコロジー領域は15%増53億ドルとなり、構成比は22 %へ1ポイント拡大した。糖尿病が主体の内分泌領域(118億ドル)は前年比8%減少、構成比は57%から48%へ低下したがリリーにとっては依然として最大の治療分野である。

オンコロジー領域では化学療法剤アリムタが10%増23億ドル、抗VEGF受容体抗体サイラムザ(主として消化器がん、肺がん)が12%増加し、初めて10億ドルを超えた。CDK4/6阻害薬ベージニオ(乳がん)は57%増加して9億ドルとなった。さらにRET阻害薬レテブモが非小細胞肺がんの治療薬として昨年5月に承認されている。

自己免疫疾患は抗IL-17抗体トルツ(乾癬)が31%増加して18億ドル、オルミアント(関節リウマチ)が640億円へ50%増加した。さらに抗IL-13抗体レブリキズマブ(喘息、アトピー性皮膚炎)と抗IL-23抗体ミリキズマブ(乾癬、潰瘍性大腸炎)が臨床フェーズ3段階にある。


消化器がん 

「大腸、胃・食道、肝臓、すい臓、胆嚢・胆管など消化器のがんはがん死亡の約半数を占める」と言われているものの、2020年の新薬市場における売上高の割合は全ての部位を合計しても 8%と前立腺がん単一の規模と同じであり、肺がん(19%)、乳がん(17%)の半分以下である。FOLFILI、FOLFOX、XEROXといった化学療法レジメンの主要製品はいずれも特許満了となり、各社の開示基準を下回っており、プレミアム価格が容認される革新的新薬の不足を反映していると思われる。

 消化器がん市場の最大製品である抗VEGF抗体アバスチンの2020年売上は特許満了にともない25%減少した。一方、抗VEGF 受容体抗体サイラムザ(リリー)は11%増加したものの5億ドルにとどまっている。大腸がんを初回適応症として承認されたアバスチンは肺がん、乳がん、脳腫瘍、卵巣がんへと適応症を拡大しており、消化器がんの売上は40%と推定した。サイラムザは胃がん、肺がん、大腸がん、肝細胞がんに承認されており、消化器がんは50%と推定した。

 PD-1阻害薬は皮膚がん、肺がん、尿路上皮がん、乳がんが先行し、消化器がんは開発段階で現在もっとも活発な領域である。キートルーダは2017年に胃がんとCRC、2018年にHCCに承認された。オプジーボは2017年にCRCとHCCが承認された。オプジーボはCTLA-4阻害薬ヤーボイとの併用で2018年にMSI-HのCRC二次療法が承認された。テセントリクはHCCが2020年に承認された。今年に入って、胃がん、食道がん、胃食道接合部がんを適応症とする承認が相次いている。キートルーダは3月にハーセプチン併用による胃・胃食道接合部がんの適応症が承認され、2017年に承認されていた単剤療法の承認を取り下げた。食道・胃食道接合部がんでは、オプジーボによる補助療法、キートルーダと化学療法の併用が承認された。

 その他の薬効クラスでは、HER2阻害薬はハーセプチンの胃がん適応症が2010年、mTOR阻害薬アフィニトールのPNET適応症が2011年、PARP阻害薬リムパーザのすい臓がんが2019年に承認されている。HER2標的ADC薬エンハーツは2021年1月に進行性胃がんの効能追加が承認された。臨床試験段階では、アムジェンの抗FGF受容体抗体ベマリツズマブがHER2ネガティブの腺癌に対する画期的治療指定を受領した。リリーはさまざまな消化器がんを対象にRET阻害薬レテブモのP1/2試験の好結果を発表した。


糖尿病 

 2020年新薬市場(合計4,400億ドル、48兆円)において循環代謝(CVM)治療薬は19%を占め、がん(30%)、自己免疫疾患(21%)に次いで3番目に大きい治療分野である。最近5年間の増加率(平均年率)は6.6%で新薬市場全体の5.7%を上回っている。このCVM領域において糖尿病治療薬は注射剤が273億ドル(32%)、経口剤が161億ドル(19%)となり、CVM全体の51%を占めている。

 薬効クラスではインスリン製剤が36%を占めて最大であるが、5年前には54%だったシェアはランタスの特許満了とGLP-1受容体作動薬の台頭により34%へ18ポイント低下した。一方、GLP-1アゴニストのシェアは31%に達している。経口剤ではSGLT-2阻害薬の登場により、DPP-4阻害薬が減少に転じているものの、シェア(22%)はSGLT-2阻害薬(9%)を大きく上回っている。

製品別には、リリーのGLP-1製剤トルリシティが50億ドルを超えて最大製品となった。ノボノルディスクはオゼンピック(32億ドル)とビクトーザ(28億ドル)を合計するとGLP-1受容体作動薬の売上高でリリーを上回っている。これまでの最大製品だった時効型インスリン製剤ランタスは特許満了となり、ピーク時(2014年)の71億ドルから30億ドルへと減少したものの、インスリン製剤では依然として最大売上である。ランタスのLCM製品TOUJEOは10億ドルにとどまり、バイオシミラー製品BASAGLAR(11億ドル、リリー)、ノボノルディスクの持効型インスリン製剤トレシーバ(13億ドル)を下回った。

経口剤では最大製品のジャヌビア(DPP-4阻害薬)がピーク時(2016年)の61億ドルからは減少しているが50億ドル台で安定している。SGLT-2阻害薬では先陣を切って2016年(14億ドル)まで首位にあったカナグリフロジンが減少し、フォシーガ(19億ドル)とジャディアンス(11億ドル)を下回った。GLP-1受容体作動薬オゼンピックと同成分の経口剤ライベルサスは初年度から2000億円に達した。

 臨床段階では、リリーのGIP/GLP-1共作動薬チルゼパタイドがインスリングラルギンを対照薬としたP3試験で好成績を収めた。バーテックスは1型糖尿病に対する細胞治療を開始した。経口剤の開発はSGLT-2阻害薬の心臓疾患への適応症拡大が焦点となっている。カナグリフロジンは2019年に糖尿病患者の心不全を追加効能として承認された。その後、アストラゼネカのフォシーガが2020年5月に、糖尿病の有無にかかわらず左室駆出率減少型心不全の治療が追加承認された。リリーはジャディアンスの心血管事故予防試験で主要評価項目を達成している。


化学療法剤 

がんに対する薬物療法の基本として、大腸がんに対するFOLFOX療法など現在でも多くの化学療法剤がしようされているがほぼすべての製品が後発医薬品に置き換わっている。現在、主要企業が決算時に業績を開示している品目は、アリムタ、アブラキサン、ジェブタナ、ハラベンしか見当たらない。

アリムタの2020年売上は前年比10%増加して23億ドルとなり、最大の化学療法剤として安定している。しかし、2022年5月にLOEを迎える予定であり、目立った開発プロジェクトはない。化学療法剤として最も最近に承認されたのはアルブミン結合パクリタキセル製剤アブラキサンの適応症拡大で、テセントリク併用によるトリプルネガティブ乳がんが2019年に承認された。アリムタの効能追加は2018年に承認されたキートルーダ併用による非小細胞肺がんが最後である。エーザイのハラベンは2010年に乳がんを適応症として初回承認、2016年に悪性軟部腫瘍の効能追加が承認された。


GLP-1受容体作動薬 

世界初のGLP-1受容体作動薬バイエッタはリリーがAmylinから導入して2005年に発売したが1日2回投与の注射剤であり、普及は困難だった。ノボノルディスクが2010年に発売したビクトーザは1日1回投与となり、発売2年で10億ドルを上回り、ピーク時(2019年)には33億ドルに達する成功を収めた。その後、改善されて週1回投与製剤となったBydureonはAmylinが開発し、アストラゼネカが2012年に発売したが売上はピーク時でも6億ドルに達しなかった。一方、リリーが2014年に発売したトルリシティが2019年に41億ドルを売上、ビクトーザ(33億ドル)を抜いてGLP-1作動薬の最大製品となった。

ノボ・ノルディスクが1日1回投与のビクトーザからの切り替えを図って 2017年に発売した週1回投与のオゼンピックは2000年に30億ドルを超えた。ノボはセマグルチドを注射剤オゼンピック、経口剤ライベルサス、肥満治療薬Wegovyとして、さまざまな用途での開発に成功した。さらにライベルサスをアルツハイマー病治療薬としてP3試験を開始している。

リリーが開発中のGIP/GLP-1共作動薬チルゼパタイドはインスリングラルギン(製品名ランタス)と比較した申請用P3試験で主要評価項目を達成した。リリーは経口GLP-1受容体作動薬で中外製薬と提携していたが現状は不明、GIP/GLP-1共作動薬に集中している模様。


VEGF 

VEGF阻害薬の市場規模は主要製品が特許満了となり、直近5年間の伸び率は年間平均0.5%と低迷している。最大製品のアバスチンは2019年71億ドルがピークとなり、2020年はバイオシミラー製品の影響から53億ドルへ25%減少した。眼科領域のルセンティスはノバルティスが24億ドル、ロシュが18億ドルを売上げた2014年がピークとなった。2020年はノバルティスが前年比7%減19億ドル、ロシュが16%減15億ドルとなった。バイエルのアイリーアは1%増28億ドルとなり、わずかながらピークを更新した。特許満了は2025年以降と思われる。

当初は抗がん剤として開発さたVEGF阻害薬だが、現在ではほとんどが眼科領域の血管新生性疾患を対象に開発されている。2014年に胃がんを初回効能として承認された抗VEGF受容体抗体サイラムザはがん領域のVEGF関連抗体医薬としてはアバスチン以来、初めての製品である。昨年(2020年)5月にはEGFR変異陽性の非小細胞肺がんを対象に効能追加が承認され、2020年売上は12%増加して初めて10億ドルを超えた。

眼科領域ではノバルティスが2019年に発売したべオブは発売2年目でほぼ2億ドルとなった。ロシュは7月末に加齢黄斑変性症/糖尿病性網膜浮腫(DME)を予定効能としてファリシマブを申請した。べオブはアイリーアを対照薬としてDMEを対象に実施したP3試験で好結果を得ている。


7/21 ファイザー「乳がん、多発性骨髄腫」、「CD38/BCMA、 CDK4/6、CD20」

ファイザー

売上ランキングでは2010年以降つねに首位だったファイザーが2020年は6位に低下した。2019年にジェネリック大手マイランを買収し、アップジョンを統合させてバイアトリスとして分離上場した結果である。アップジョンは1995年に米、伊、スウェーデン、3か国の製薬企業が合併してファルマシアとなり、2003年にファイザーが買収した。ファイザーは他にもワーナーランバート(2000年)、ワイエス(2009年)などの大型M&Aを繰り返してきた。一方で新薬事業に集中するために、栄養食品をネッスルに譲渡(2012年)、動物薬をZoetisとして分離上場( 2013年)、大衆薬をGSK合弁に移管(2018年)している。

売上収益がマイナス19%と大幅に減少したものの、販管費比率は24%へ6ポイント改善し、営業利益率は4ポイント上昇して35%として株価への影響を最小限にとどめた。株価上昇率は5年間で1.5倍と業界平均とほぼ同じだった。時価総額20兆円は業界3位、4位ノバルティス(19兆円)と5位メルク(19兆円)とほぼ同列にある。PER 12倍、PSR 5倍は業界平均に近い。一方、過去のM&Aで膨張したのれん代が影響し、PBRは 3.2倍と業界平均(およそ5倍)を36%下回る。

2020年売上収益はエスタブリッシュド製品を中心とするアップジョン事業(2019年102億ドル)の分離が影響したがオンコロジー領域は1兆円を超え、内科治療薬を上回って最大の治療分野となった。これまで低迷してきた希少病領域はアミロイドーシス治療薬ビンダケルの発売により、29億ドルへと拡大した。


乳がん

2020年の新薬市場 4,400億ドルにおいて抗がん剤(1300億ドル)は30%を占め、最大の疾患領域となっている。乳がんは、固形がんとしては肺がん(247億ドル、がん領域シェア19%)に次いで大きい221億ドルとなり、がん領域の17%を占める。HER2阻害薬(9000億円)は乳がん治療における最大の薬効クラスであり、40%を占める。しかし、過去5年間の増加額は大きい順にCDK4/6阻害薬62億ドル、PD-1阻害薬20億ドル、HER2阻害薬16億ドル、 PARP阻害薬10億ドルであった。

個別製品の2020年売上はCDK4/6阻害薬イブランスが54億ドルで1位、HER2阻害薬パージェタは41億ドルで2位であった。以下、3位)HER2阻害薬ハーセプチン(30億ドル)、4位)カドサイラ(18億ドル)、5位)PD-1阻害薬キートルーダ(14億ドル)、6位)PARP阻害薬リムパーザ(10億ドル)が続いた。5年後(2025年)にはCDK4/6阻害薬のキスカリ(ノバルティス)およびベージニオ(リリー)、HER2標的ADC薬エンハーツ、PD-1阻害薬テセントリク(ロシュ)、TROP-2標的ADC薬Trodelvy、 PI3K阻害薬Piqray(ノバルティス)がそれぞれ10億ドルを超えると予想される。


多発性骨髄腫

 多発性骨髄腫の新薬市場は2020年までの5年間で2.3倍となった。市場規模236億ドル(2兆6000億円)は抗がん剤全体の18%を占め、肺がん(19%)、白血病・リンパ腫(18%)、乳がん(17%)と並び、合計すると72%となる主要4領域の一角を占める。2000年以降に承認された新しい薬効クラスを中心に最新動向を概観する。

 2005年に承認された経口剤レブラミドが120億ドル(1兆3000億円)を超えたサリドマイド誘導体が最大の薬効クラスである。ほぼ同時期2003年にベルケイドが承認されたプロテアソーム阻害薬は注射剤が中心であったことも影響し、レブラミドの1/4以下の売上規模にとどまっている。抗CD38抗体は2015年に発売されたダラツムマブが40億ドルを超え、さらにイサツキシマブが発売され、2020年にはプロテアソーム阻害薬を上回った。新たな薬効クラスとなったBCMA標的薬ではADC薬が2020年8月に承認された。

 製品別には、BMSのサリドマイド誘導体レブラミドが2020年に120億ドル(1兆3000円)を超えた。2022年には関連製品ポマリストとともに特許満了となるが、レブラミド後発品は1社を除き米国では2026年まで発売できない見通しである。タケダ薬品のプロテアソーム阻害薬ベルケイドが特許満了となったが後継品として期待された経口剤ニンラーロは一次療法への適応症拡大を目指したP3試験が失敗し、目標とする20億ドルの達成は困難となった。競合するアムジェンのカイプロリスは2012年にベルケイド無効例などの3次療法、2016年にレブラミド併用による2次療法が承認され、2020年には初めて10億ドルを超えた。抗CD38 抗体ダーザレックスの1次療法は2018年に骨髄移植不能の患者、2019年には骨髄移植可能な患者にも承認された。 初のBCMA標的薬ブレンレップは5次療法としての承認ながら、昨年4か月で4000万ドルを超えた。

 開発パイプラインでは、BCMAを標的とするCAR-T療法アベクマが5次療法として3月に承認された。さらに、BCMAを標的としてヤンセンがCAR-T療法シルタセル(申請中)とBTDを取得したBCMAxCD3二重特異性抗体テクリスタマブ(P2)を開発中。ヤンセンは他にも新規のGPRC5Dを標的とする抗体医薬タルケタマブをP2段階で開発中である。 P1段階にはいずれもBCMAを標的とするエルラナタマブ(ファイザー)、AMG 701、REGN5458がある。


CD38 / BCMA

 ダーザレックスは2015年に世界初の抗CD38抗体薬として多発性骨髄腫治療に承認され、2020年には19位となる売上高42億ドルの大型製品となった。競合品の抗CD38抗体サークリサは2020年3月に3次療法、2021年3月にカイプロリス+ステロイド療法(Kd)併用による二次療法が承認された。一方で、競合が激化する臨床開発の焦点はCD38からBCMAへ移っている。BCMAを標的とする多発性骨髄腫治療薬はADC薬ブレンレップ、およびCAR-T細胞療法アベクマがすでに承認され、後続のCAR-T細胞療法シルタセルが申請中である。さらに、テクリスタマブ、エルラナタマブといったBCMAxCD3二重特異性抗体が申請用のP2試験段階にある。

 最近の薬事イベントを見るとヤンセンが最も活発である。昨年12月にBCMA標的CAR-T療法シルタセルのローリング申請を開始、6月にはBCMAxCD3二重特異性抗体テクリスタマブが再発・難治性の多発性骨髄腫(r/r MM) の治療薬としてFDAから画期的治療指定(BTD)を取得した。抗CD38抗体ダーザレックスは2019年9月に骨髄移植可能な多発性骨髄腫患者も対象とする一次療法の追加、2020年5月には皮下注製剤FASPROの剤形追加が承認された。ダーザレックスはさらに、抗CD38抗体としては初めてのMM以外の適応症となる免疫グロブリン軽鎖(AL)アミロイドーシスが2021年1月に承認された。

 3月にはBMSが開発したBCMA標的CAR-T細胞療法アベクマが多発性骨髄腫に対する初のCAR-T療法として承認された。BCMAxCD3二重特異性抗体ではファイザーがエルラナタマブのP2試験を2月に開始、 GSKのベランタマブはr/r MMに対する5次療法として2020年8月に承認された。

 臨床段階では r/r MM を目標効能とするBCMAxCD3二重特異性抗体の開発が盛んである。ファイザーは2月にエルラナタマブの申請用フェーズ2試験を開始、前述したが6月にはヤンセンのテクリスタマブがFDAの画期的治療指定を取得した。昨年12月に開催された米国血液学会(ASH)ではアムジェンのAMG 701とリジェネロンのREGN5458がフェーズ1データを発表している。


CDK4/6

 ファイザーのCDK4/6阻害薬イブランスは2015年に、ホルモン受容体陽性かつHER2陰性・転移性乳がんの閉経女性患者を対象にレトロゾール(アロマターゼ阻害薬)との併用で承認され、2016年にはフルベストラント(エストロゲン受容体阻害薬)との併用で内分泌療法後に病勢悪化したHR+/HER2- の進行性または転移性の患者へ追加承認された。2017年にはレトロゾール以外のアロマターゼ阻害剤との併用も含めて一次療法の効能追加が承認された。売上高はその間に毎年ほぼ10億ドルずつ増加し、2020年には54億ドル(5900)億円に達している。競合品は2017年にノバルティスのキスカリとリリーのベージニオが承認されたが、いずれも10億ドルに達していない。

CDK4/6 阻害薬に関する許認可イベントは2019年にイブランスが男性乳がんに追加承認されて以来、皆無である。臨床試験段階ではノバルティスが昨年12月にキスカリの全生存期間(OS)がほぼ5年に達したと発表、本年6月には閉経患者の転移性乳がんを対象に全生存期間の中央値が50か月を超える好成績が報告された。イブランスは2020年10月に初期乳がんの術後補助療法をめざしたPENELOPE-B試験が失敗した。ベージニオは2017年に非小細胞肺がんを対象とした臨床試験が失敗した。


CD20

非ホジキンリンパ腫治療薬として1997年に承認されたリツキサンは世界初の抗体医薬品である。関節リウマチ、慢性リンパ性白血病(CLL)にも適応症が拡大し、ピーク時売上は75億ドルを超えていた。しかし、昨年はバイオシミラー(BS)の影響から45億ドルと前年比31%減少した。RUXIENCEはリツキサンのBS製品である。

リツキサンにADCC活性を付加したガザイバは2013年にCLL適応症で承認され、2020年売上は674百万ドル(700億円)だった。ガザイバのCLL一次療法は2019年1月にイムブルビカとの併用が承認され、同年3月にBCL-2阻害薬ベネトクラックスとの併用を追加申請した。ガザイバはさらに、ループス腎炎治療薬としてFDAの画期的治療指定を取得した。ガザイバの播種性大B細胞リンパ腫(DLBCL)への効能追加試験は無増悪生存期間で有意差を達成できなかった(2016年)。

ロシュのオクレバスは自己免疫疾患の多発性硬化症(MS)を適応症として2017年に承認され、4年で年商5000億円に達した。オクレバスは半年1回の点滴時間を2時間に短縮する承認を2020年12月に取得した。

ノバルティスのケシンプタは2009年にCLL治療薬として承認されたGSKのアーゼラを別名称でMS治療薬として開発した。2020年8月にMS治療薬として初めてとなる月1回自己注射用ペン型皮下注製剤で承認された。ノバルティスは2014年にGSKの抗がん剤事業を取得したが、 アーゼラの自己免疫疾患の多発性硬化症への効能追加プロジェクト(フェーズ2)については2015年に開発権を追加取得する必要があった。


6/22 ノバルティス「白血病、心不全」、「BCR-ABL, BTK, CAR-T」

ノバルティス

遺伝子治療薬ゾルゲンスマ、CAR-T細胞療法カイムリア、S1P作動薬ジレニア、JAK阻害薬ジャカビ、BCR-ABL阻害薬グリベックなど、多くの創薬フロンティアで先頭に立って成功をおさめてきた。一方で、mTOR阻害薬(アフィニトール、サーティカン、Votubia)、抗CD20抗体(Arzella、Kesimpta)のように、通常の適応症拡大や効能追加を超えて既存製品に、あらたな疾患領域での新規効能を獲得している。さらに、タシグナ(慢性骨髄性白血病)、Mayvent(多発性硬化症)、ベオビュ(加齢黄斑変性症)、テセントリク(AR-NI)、など次世代製品によるライフサイクルマネジメントでも多くの後継製品が成功している。

減少傾向にある後発品専業(サンド)を含めて特許満了後も安定した売上を維持しているレガシー製品が多い。 2017年には眼科事業の分離に成功しているが、低成長事業の外部化は今後も経営課題の焦点となりそうである。


白血病

白血病治療薬の多くがリンパ腫の適応症も有しているため、製品売上を分離して集計することは困難である。血液がんの新薬市場を「白血病およびリンパ腫」と「多発性骨髄腫」に大別すると、2020年は白血病・リンパ腫が243億ドル、多発性骨髄腫が239億ドルとなる。それぞれ抗がん剤全体の18%を占め、合計した「血液がん」は582億ドル(およそ6兆円)となり、抗がん剤全体の36%となる。

白血病を最新の話題順に分類すると、BCL-2阻害薬の適応症が昨年10月に拡大された急性骨髄性白血病(AML)、 グリベック( 2001年発売)以来初の新メカニズムとなるSTAMP阻害薬が承認申請中の慢性骨髄性白血病(CML)、初のCAR-T療法カイムリアが2017年に承認された急性骨髄性白血病(ALL)、および血液がんの最大製品であるイムブルビカが2014年に承認された慢性リンパ性白血病(CLL)に大別される。今後は、新規の薬効メカニズムがしばらく登場していなかったCMLと、新規メカニズムの新薬が不成功に終わってきたAMLの市場動向が注目される。

1997年に非ホジキンリンパ腫(NHL)治療薬として発売されたリツキサン以降、リンパ腫の適応症は濾胞性リンパ腫(FL)、大細胞型B細胞リンパ腫(LBCL)、マントル細胞リンパ腫(MCL)などに細分化され、マルチビリオンの大型新薬は見られなくなっている。2021年に効能追加が承認されたCAR-T療法の普及が期待される。


心不全

循環・代謝系の治療薬は新薬市場の主要400品目合計4,400億ドル(およそ47兆円)において19%を占める849億ドルを売上げ、がん(1,334億ドル) 、自己免疫(912億ドル)に次いで3位の治療分野となっている。その内、糖尿病など代謝系を除いた循環器系は43%の371億ドルだった。

心不全にも適応症をもつARB型降圧剤は特許満了となた2010年前後から大幅に減少し、2015年には4分の1以下の38億ドル、2020年は30億ドルへと減少した。FXa阻害薬は2011年に発売され、 2015年には75億ドル、2020年は230億ドルと急成長しているが心臓に関連する適応症はSPAFまたはNVAFのみであり、心不全に関連する適応症は取得していない。

その後、心不全を適応症とする新薬は2015年に承認されたノバルティスのアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(AR-NI)エントレストしかなかったが、バイエルとメルクが共同開発した可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬ベリシグアート(販売名Verquvo)が年初に承認され。2月にはエントレストの駆出率正常型(拡張不全型)心不全(HFpEF)への適応症拡大が承認された。

昨年(2020年)5月にはアストラゼネカのSGLT-2阻害型糖尿病治療薬フォシーガが糖尿病の有無にかかわらず駆出率低下型心不全(HFrEF)の患者に対する治療薬として承認された。リリーのSGLT-2阻害薬ジャーディアンスは本年(2021年)1月に同様の適応症でsNDAを提出した。

バイエルの鉱質コルチコイド受容体拮抗薬(MRA)フィネレノンは慢性腎不全と2型糖尿病を併発している患者の腎臓障害を軽減する効果が証明され、続いて駆出率正常型の心不全患者を対象とするフェーズ3試験を開始した。心筋ミオシン阻害薬ではアムジェンのオメカムチブは開発中止となったが、BMSのマバカムテンは本年3月に承認申請された。ノバルティスが開発していたリラキシン受容体作動薬RLX030(リラキシン)はフェーズ2段階で開発中止となった。 


BCR-ABL

分子標的薬として世界で初めて成功したグリベックは2002年に承認され、売上高は2015年まで5000億円前後で推移していたが特許満了となり、2020年は1/4(1300億円)前後となった。グリベックはCMLだけでなく、ALL、MDSおよびGISTにも承認されていたが、ノバルティスの後継品タシグナの適応症はCMLに限定されている。タシグナの1年先に承認されたBMSのスプリセルの適応症はCMLおよびフィラデルフィア染色体陽性ALLとなっていた。

2020年売上高はタシグナが20億ドル、スプリセルが21億ドルであり、第2世代製品の合計41億ドルは第1世代グリベックの減少額30億ドルを上回った。一方で、第3世代のボスリフとアイクルシグは9億ドル以下で低迷している。タケダ薬品のICLUSIG(アイクルシグ)は2012年にCMLおよびPh+ALLの適応症を得て承認されたものの、売上高は同年にCMLのみの適応症で承認されたボスリフ(ファイザー)を下回っている。アイクルシグはは2020年末に3次療法への適応症拡大が承認されたが発売から8年経っても一次療法への道筋が見えて来ない。タシグナは発売後3年(2010年)、スプリセルは7年(2013年)、ボスリフは5年( 2017年)で一次療法が承認されている。

ノバルティスのSTAMP阻害薬 アシミニブは2020年2月にBTD取得、8月にはフェーズ3試験が主要評価項目を達成した。2021年前半に承認申請される予定である。 CMLではグリベック以来初の新メカニズムとして注目される。


BTK

アッヴィとヤンセンがそれぞれ販売するイムブルビカの売上高の合計は94億ドルとなり、最大のBTK阻害薬であると同時に最大の「白血病・リンパ腫」治療薬である(多発性骨髄腫ではレブラミドが120億ドルを超えている)。アッヴィはヤンセンが2011年からイムブルビカを共同開発していたファーマサイクリクスをCLL効能の追加承認を取得した2015年に210億ドルで買収した。

世界初のBTK阻害薬イムブルビカは2013年にマントル細胞リンパ腫を適応症として初回承認された。慢性リンパ性白血病では2014年加速承認、2016年一次療法、2019年治療歴のない患者でガザイバ併用、2020年リツキサン併用が承認された。さらにBCL-2阻害薬との併用による一次療法のP3試験において固定期間での好成績が得られた。2017年には免疫抑制剤としてGVHDの適応症が承認され、さらにワルデンストレーム症候群(原発性マクログロブリン血症)の適応症が2018年に承認された。

ロシュのフェノブルチニブは自己免疫疾患の多発性硬化症を対象として2020年9月にフェーズ3試験を開始した。サノフィのリルザブルチニブは自己免疫性血小板減少症を対象としてFDAの迅速審査に指定された。小野薬品はベレクスブル(一般名:チラブルチニブ)を中枢性リンパ腫を適応症として2020年3月に日本で承認取得、海外は2014年にギリアドへ導出している。


CAR-T

CAR-T細胞療法として世界で初めて承認されたカイムリアは急性リンパ性白血病を初回適応症とし、翌年に播種性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)の効能が追加された。ギリアドのイエスカルタも2017年に承認されたが適応症はDLBCLおよび2021年に追加承認された濾胞性リンパ腫(FL)である。適応症に白血病はないがイエスカルタの売上高はカイムリアを上回っている。

本年3月、 CAR-T細胞療法としては初めてB細胞成熟化抗原(BCMA)を標的とする Abecma(アベクマ、BMS)をFDAが承認した。適応症もCAR-T細胞療法としては初めてとなる多発性骨髄腫(MM)である。同様にBCMAを標的としてMM適応症をめざすシルタセル(cilta-cel)はヤンセンが昨年12月に承認申請を提出している。

昨年9月に申請していたイエスカルタの緩慢性非ホジキンリンパ腫への適応症拡大は本年3月に濾胞性リンパ腫の効能追加として承認された。販売額は実質初年度となった2018年は3億ドル、2019年7億ドル、2020年10億ドルと緩やかに拡大している。 5次療法とはいえ、多発性骨髄腫の効能追加が市場の拡大を加速するかどうか注目される。


5/25 アストラゼネカ「肺がん、呼吸器」、「ALK、BCL-2、抗ホルモン」

アストラゼネカ

2014年にファイザーの買収提案を拒否し、2020年に希少病最大手のアレクシオンを総額390億ドル(ほぼ4兆円)で買収し、補体を標的とする技術基盤と希少疾患に強いパイプラインを獲得した。クレストールのLOEを迎えた2016年に落ち込んだがタグリッソ、イムフィンジ、リムパーザといった抗がん剤の好調で業界順位は13位を底に10位まで回復した。SGLT-2阻害薬フォシーガ(糖尿病)と抗血小板薬ブリリンタがクレストールの減少をカバーし、CVMも成長領域となり5年後(2025年)には8位を復帰する見通し。自己免疫疾患への取り組みは今後の課題。循環代謝はSGLT-2阻害薬の適応症拡大が注目される。抗体医薬による感染症治療薬(RSV、COVID-19)にも期待が集まる。

2020年売上高はOncology(抗がん剤)44%、CVM(循環代謝)24%、Respiratory(呼吸器)22%、その他10%、計100%となる純粋な医療用医薬品専門企業であり、ブロックバスター8品目を含む上位10製品が売上収益の74%を占める抗体医薬ではPD-1阻害薬Imfinziと抗IL-5抗体Fasenraが抗体医薬は成功し、低分子薬でも前述したフォシーガとブリリンタに加えてEGFR阻害薬タグリッソ、PARP阻害薬リムパーザなど、オンコロジー領域の成長にも貢献している。その他の領域では、アムジェンと共同開発中の抗TSLP抗体テゼペルマブが重症喘息患者の年間増悪スコアを改善、申請用P3試験の主要評価項目を達成した。


肺がん

抗がん剤は新薬市場 4,400億ドルにおいて30%を占める1300億ドルを売り上げる最大の治療分野である。そのなかで肺がんは247億ドルで抗がん剤市場の19%を占め、最大のがん種となっている。2020年は肺がん247億ドルが1位となった。しかし、4位までが200億ドル台で僅差であり、5年前(2015年)には92億ドルで、血液がん(白血病、リンパ腫)150億ドル、乳がん120億ドル、骨髄腫101億ドル、大腸がん95億ドルに次ぐ5位だった。

肺がん市場で最大の薬効群は128億ドルで52%を占めるPD-1阻害薬である。術前・術後の補助療法への適応症拡大がフェーズ3段階にあり、PD-1阻害薬が引き続き主役の座を占める。KEYTRUDAの売上高140億ドルの肺がん患者への投与を40%と想定してもTAGRISSOの43億ドルを上回り、1位となる。他のPD-1阻害薬の肺がん適応はOPDIVOが70%、TECENTRIQは60%、IMFINZIは90%と推定した。

今後もPD-1阻害薬が引き続き主役の座を占める模様だが、CTLA-4阻害薬との併用の成否によって製品間の成長力に差がつく可能性がある。オプジーボはヤーボイと化学療法の併用によるNSCLC一次療法の承認を2020年5月に取得、さらに2週間後にはPD-L1発現の有無に制限されない適応症へと拡大された。BMSは同様のPD-1/CTLA-4レジメンで悪性中皮腫(MPM)の追加効能を2020年10月に一次療法として取得した。メルクは本年(2021年)1月にキートルーダとイピリムマブ(販売名ヤーボイ)の併用が無意味との臨床試験結果を発表した。キートルーダ単独療法と直接比較したKEYNOTE-598試験の結果はPFSが併用で8.2か月と、単独の8.4か月を下回った。メルクとアライアンスを組むアストラゼネカは自社のCTLA-4阻害薬トレメリムマブとイムフィンジの併用試験の失敗を報告している。このような状況で、メルクが自社開発したCTLA-4阻害薬Quavonlimab (MK-1308)を後期臨床段階に進めるかどうか注目される。

PD-1以外の開発状況を見ると、2018年にはROS1/ALKを標的とするRozlytrekとLORBRENAが承認され、ファイザーの第3世代ALK阻害薬LORBRENAが一次療法に適応拡大された。MET阻害薬のTABRECTA(ノバルティス)とTEPMETKO(独メルク)が2020年に承認され、タケダのEGFR阻害薬mobocetinibが承認申請中、P2段階には世界初のATR阻害薬berzosertib(独メルク)がある。ロシュの抗TGIT抗体tiragolumabはFDAによるブレークスルー指定を取得した。


呼吸器

呼吸器疾患の新薬市場は「がん」、自己免疫、循環代謝、感染症に次ぐ5位(225億ドル)と大きいものの、成長率は年率1.9%と低く、過去5年間の増加額は20億ドル、新薬市場全体に占める割合は5%へと1pp低下した。喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)に対するLABA/LAMA/ICS製剤の多くが特許満了となり、IL-5やIL-13を標的とする抗体医薬がジェネリック化した旧来の主力品を置き換えている。開発パイプラインでは抗IL-5抗体のCOPDへの適応症拡大はGSKとAZNがともに失敗したが、P2X3標的とするgefapixantはメルクが承認申請を提出した。AZNがアムジェンと共同開発する抗TSLP抗体が難治性喘息のP3で主要評価項目を達成した。


ALK阻害薬

ALK阻害薬の対象患者は肺がんの3%前後と少なく、市場は限定的であるもののバイオマーカー主導の抗がん剤治療が市場を拡大する可能性に注目が集まった。しかしながら、その後に ROS1、TRK、MET、RET、KRASなどさまざまな変異陽性の肺がんが特定され、ALK阻害薬のみの市場拡大は限定的であった。

2020年売上実績は、ロシュが2015年に発売した第2世代アレセンサが10億ドルを超えたものの、世界初のALK阻害薬として発売されたファイザーのザーコリは600億円以下で低迷している。2番手としてノバルティスが2014年に発売したザイカディアは2017年に一次療法が追加されたものの、売上が伸びず実績の開示は中止された。タケダ薬品は2017年1月にAREADを買収し、同年7月にアルンブリグザーコリ無効例の二次療法として発売、その後一次療法の追加承認も取得したがシェア4%で横ばいで推移している。2018年にファイザーが発売した第3世代のALK阻害薬ローブレナがアルンブリグを上回っている。中外製薬が開発しロシュが販売するアレセンサは2020年に40%増加して12億ドルを超え、全体の60%を占める。

ALKは,受容体チロシンキナーゼの1つで,1994 年に未分化大細胞型リンパ腫において,nucleophosmin(NPM)と融合する遺伝子として発見された….ALK融合遺伝子は肺癌における新たな治療標的として注目された.また,ALK融合遺伝子陽性肺癌症例は肺腺癌の約5%を占め,比較的若年者に多く,EGFR遺伝子変異,KRAS遺伝子変異と相互排他的な関係であることも示された.

クリゾチニブ(ファイザーのザーコリ)は当初,c-METを標的としたチロシンキナーゼ阻害薬として開発されていたが,P1試験からALK融合遺伝子陽性肺がん患者を登録して世界初のALK阻害薬として承認された。ALK阻害薬はALK変異陽性の肺がん患者で高い有効性を示すが 1年程度で再発する患者も多い。耐性機序としてALK受容体の二次変異やEGFRなどのバイパス経路の活性化,P糖たんぱく質(ABCB1)の過剰発現などが報告されている。


BCL2

B細胞リンパ腫2(BCL2)はアポトーシスの重要なタンパク質調節因子である。白血病市場では2013年に発売されたBTK阻害薬が成功している。その後はPI3K阻害薬、IDH2阻害薬、FLT3阻害薬などが低迷するなかでBCL-2阻害薬は唯一10億ドルを超えた。アッヴィのVENCLEXTA(一般名ベネトクラクス)は初の選択的BCL2阻害剤(BH3模倣薬)で再発・難治性の慢性リンパ性白血病(CLL)を適応症として2016年に承認され、2018年にリツキサンとの併用で二次療法、2019年にガザイバとの併用で一次療法が承認され、2020年は13億ドルを超えた。急性骨髄性白血病(AML)には2018年に加速承認され、2020年に本承認となった。ロシュ子会社ジェネンテックが共同開発しているが売上を計上していない。


抗ホルモン薬

抗ホルモン薬は乳がん治療薬の主力製品が特許満了となり、市場の成長は限定的であった。抗がん剤以外の抗ホルモン薬の標的市場である女性疾患領域でも新薬開発が少なっく、新薬開発が継続している前立腺がんが数少ない成長領域となっている。

抗ホルモン薬の売上を適応症別に集計すると、2020年は前立腺がん100億ドル、乳がん7億ドル、がん以外の女性疾患37億ドルとなり、前立腺がんが全体145億ドルの69%を占める最大領域となっている。アンドロジェン拮抗薬の新薬が継続的に開発されており、2020年から2025年まで5年間の平均成長率(CAGr)は7.4%へと2015-2020実績6.3%から加速し、140億ドルを超えると予想される。

乳がん領域ではフェマーラ、アリミデックス、ファスロデックスなどの新薬がすべてジェネリック化しており、過去5年間の成長率は平均年率(CAGr)でマイナス9.5%だった。2025年までの成長率はマイナス11%と、一段と落ち込む見通しである。

がん以外の女性疾患領域も成長率はマイナス2.4%からマイナス1.7%へ低下速度が減速すると予想される。2018年にアッヴィが抗GnRH薬エラゴリクス(販売名ORILISSA)を子宮内膜症治療薬として発売している。2020年売上は1億ドルと低調な滑り出しだが、P3段階にある子宮筋腫の効能追加に期待する。

前立腺がん治療薬として2020年に40億ドルを超えたイクスタンジが抗ホルモン薬の最大製品である。過去5年間の平均年間伸び率(CAGr)は14%であるが2019年17%、2020年19%と成長を加速している。開発起源のMedivationを2015年に買収したファイザーが共同して販売促進するため、市場シェアが2015年25%から34%へと拡大した。2025年まで安定的に年率3%増加して46億ドルを超えると見込む。

最大の競合品であるザイティガは2019年以降二桁%の減少となり、25億ドルを割り込んだ。ヤンセンは2018年に新製品エルレアダを発売し、2020年売上は7億ドルを超えた。2025年にはザイティガ22億ドル、エルレアダ35億ドルと予想する。バイエルはダロルタマイドをP3段階で開発中である。2025年には9億ドルの売上を期待する。



4/26 市場の変化と研究開発の動向(総論)グローバル新薬の2020年実績」

LINK> 製薬産業が分析できるノート